

今日は「まで」について考え直してみたいと思います。
まずこちら。
ゴールまで走る
この例の「まで」は、ゴールという到達点を表しています。
「ゴール」に到達するという意味です。
家まで走る
東京まで行く
と言うように、「まで」の前は目的地や到達点をよく使います。
この時、「家」や「東京」には到着しているでしょうか。
と言うのが今日のお題です。
「ゴールまで走る」と聞いて、「ゴールまで走って、ゴールしないわけない」と考えると思います。「東京まで行く」と言った人が東京の手前で戻って来るとは考えづらいです。
ですから、「ゴールまで走る」と言うのは「ゴールした」と言い換えてもよさそうです。同じように「東京まで行く」は「東京に着く」と言い換えられそうです。
そして、「ゴールまで走る」人は「ゴール」という到達点に達した時点で走ることを止めることも想像できます。「東京まで行く」人がそのまま東京を通り過ぎて東北に行くとは考えにくいですし、おそらく東京が目的地であることが言えます。
そう考えると「まで」は、前で到達点を表す言葉を使うと同時に、後ろでそこに至るまでの行動を続けて、到達点に来た時点で止めるということが分かります。
では、次の例文はどうでしょうか。
最後の一粒まで食べてよ
これは、親が子どもに注意する時に良く聞くフレーズです。
これをさっきの解釈で考え直してみると、
「最後の一粒」という到達点に達するまで食べるが、「最後の一粒」に達した時点でその行動を止める。ということになります。
つまり、最後の一粒は残していることになります。
もちろん、そんなことはなく最後の一粒も食べて欲しいということは間違いないと思います。
最後まで諦めるな
これに関しても同じことが言えます。
「最後になると諦める」ということでしょうか。
最後の一粒も食べてね
最後も諦めるな
と言うように「も」を使えば良いんですが、それだとしっくりこないんでしょうか。
或いは、
お皿がきれいになるまで食べてね
試合終了まで諦めるな
と言うように、範囲を結果の方に置けばこれも問題ないように思います。
この二つが混ざってしまってしまい、変な解釈が生まれる文法になってしまったんでしょうか。或いは、最初から何も変な所はないんでしょうか。
「まで」という言葉は奥が深いですね。
今回は、考え直すだけで特にこれと言った答えのない問い掛けでしたが、単純に最後の一粒まで食べてと言われて最後の一粒を残したり、最後まで諦めるなと言われて最後に諦めたりする人はいないという結論があった上での、私個人の勝手な解釈でした。
